認知症になる前にやるべきこと|資産が凍結される前に打つ3つの手【群馬・高崎】

「母の施設の費用は、実家を売って充てるつもりです。いざとなればなんとかなりますよね」

なりません。お母さまの判断能力が失われていれば、その家は売れません。名義がお母さまである以上、売買契約を結べるのはご本人だけだからです。

相続の対策というと、亡くなった後のことを考えがちです。ところが実務で本当に困るのは、その手前です。持ち主が生きていて、財産もあるのに、誰も動かせない。この状態が数年続きます。

対策の期限は、相続ではありません。判断能力のほうにあります。

何が止まるのか、止まる前に何ができるのかを書きます。

471万人という数字

認知症の高齢者数について、以前は「2025年に700万人、65歳以上の5人に1人」という数字が広く使われていました。この数字を今も載せている記事をよく見かけますが、推計は更新されています。

最新の推計では、2025年の認知症高齢者は471万人、有病率12.9%です。2040年には584万人になると見込まれています。

ただし、これで安心という話ではありません。同じ推計で、認知症の前段階とされる軽度認知障害の高齢者数は2025年に564万人、有病率15.4%とされています。両方を合わせると1,000万人を超え、65歳以上の3割近くにあたります。

軽度認知障害の段階では、まだ契約はできます。問題は、そこから認知症へ進む人が一定の割合で毎年出ることです。今日できることが、来年もできるとは限りません。

私がお伝えしたいのは、確率の話ではありません。もしそうなったときに、ご家族が何もできない状態に置かれるかどうか。そこだけです。

判断能力を失うと、何が止まるか

具体的に並べます。

・預金の引き出し、定期の解約(銀行が取引を制限します)

・自宅や土地の売却、賃貸、建て替え

・遺言書の作成(公正証書も作れません)

・生前贈与(贈与契約が成立しません)

・生命保険の契約、受取人の変更

・遺産分割協議への参加(本人が相続人である場合)

・養子縁組、施設の入居契約

預金については、少し補足します。診断が出たからといって、自動的に口座が閉じられるわけではありません。銀行が本人の意思を確認できないと判断した時点で、払い出しに応じなくなります。窓口で受け答えができなかった、家族が事情を話した、といったきっかけで始まります。

近年は、医療費や介護費用については家族の代理での払い出しに応じる運用も出てきています。ただし、金額や使途の証明を求められますし、まとまった資金の移動はできません。あくまで例外的な扱いです。

そして、遺産分割協議に参加できない点は見落とされがちです。お父さまが亡くなり、お母さまが認知症だった場合、お母さまを外して協議を進めることはできません。遺言書がないと、10か月の期限に間に合わなくなります。

成年後見は、対策ではなく最後の手段

判断能力が失われた後の解決策として案内されるのが、成年後見制度です。家庭裁判所に申し立て、選ばれた後見人が本人に代わって財産を管理します。

使える制度ではあります。ただ、事前の対策と比べると、制約が大きいことは知っておいてください。

後見人は家族が選ばれるとは限りません。財産が多い、親族間に意見の対立があるといった事情があると、弁護士や司法書士などの第三者が選任されます。家族が申し立てたのに、家族が管理できないという結果になります。

報酬がかかり続けます。第三者が後見人になった場合、報酬は家庭裁判所が決めます。管理する財産の額にもよりますが、月2万円が目安で、財産が多ければ月3万円から6万円になることもあります。月2万円でも10年続けば240万円です。

原則としてやめられません。本人の判断能力が回復しない限り、後見は本人が亡くなるまで続きます。「家を売るまでの間だけ」という使い方はできません。

そして、生前対策が一切できなくなります。後見人の役割は本人の財産を守ることです。相続税を減らすための贈与や、資産の組み替えは、本人の財産を減らす行為なので認められません。自宅の売却も、居住用不動産であれば家庭裁判所の許可が必要です。

つまり、後見が始まった時点で、相続対策という選択肢は消えます。財産は凍結されたまま、相続を迎えることになります。

実家が売れなかった家の話

高崎市内でご相談を受けたケースです。

お母さまが有料老人ホームに移ることになり、入居一時金と月々の費用を、誰も住まなくなる実家を売って充てる計画でした。ご家族の中では当然の段取りとして話が進んでいました。

ところが、不動産会社との契約の段階で止まりました。お母さまはすでに認知症の診断を受けていて、意思確認ができない。名義はお母さま。売却はできません。

成年後見の申し立てをすることになりました。書類を揃え、医師の診断書を取り、家庭裁判所に申し立て、後見人が選任されるまでに数か月。居住用不動産の売却許可も別に必要でした。その間の施設費用は、お子さんが立て替えていらっしゃいました。

売却そのものは最終的にできましたが、後見はその後も続いています。ご長男が「家を売るためだけのつもりだった」とおっしゃっていました。

この家に必要だったのは、判断能力があるうちの一手だけでした。家族信託でも、任意後見でも構いません。診断が出る前に手を打っていれば、数か月と数十万円は要りませんでした。

なお、親が老人ホームに入った場合の自宅には、小規模宅地等の特例の扱いに別の注意点があります。売る・貸すの判断は、税額の試算をしてからにしてください。

元気なうちに打てる3つの手

① 家族信託

財産の管理を、信頼できる家族に託しておく仕組みです。自宅と一部の預金を対象に、長男を管理者として契約しておけば、後で判断能力が失われても、長男の判断で売却や賃貸ができます。

利益はご本人のものです。売却代金は本人のために使われ、名義だけが管理者に移ります。贈与ではないので、贈与税もかかりません。

費用は、専門家への報酬が財産額の1%程度、公正証書の作成費用、不動産があれば信託登記の登録免許税がかかります。土地なら評価額の0.3%です。3,000万円の土地で9万円ほど。初期費用はまとまりますが、後見の報酬が続くことを考えれば、比べる価値はあります。

② 任意後見契約

判断能力があるうちに、後見人になる人を自分で決めておく契約です。公正証書で結びます。実際に判断能力が低下したとき、家庭裁判所に申し立てて効力が生じます。

家族を後見人に指定できるのが利点です。ただし、任意後見監督人が必ず選任され、その報酬がかかります。また、できることは財産の維持管理が中心で、相続対策としての贈与などはやはりできません。

③ 銀行の代理人手続き

見落とされがちですが、まずこれをやってください。多くの金融機関に、家族を代理人として届け出ておく制度があります。代理人カードの発行や、代理人指名手続きといった名前です。

手数料は無料か、ごく少額です。窓口で申し込むだけで済みます。日常の生活費や医療費の引き出しであれば、これだけで大半の場面をしのげます。

ただし、金融機関ごとに条件が違い、判断能力が失われた後は使えなくなる取扱いのところもあります。取引のある銀行に、今の時点で確認しておいてください。

税の対策も、判断能力があるうちだけ

相続税を減らす手立ては、そのほとんどが本人の意思表示を必要とします。

・生前贈与 → 贈与契約が成立しないので不可

・生命保険への加入 → 契約できないので不可

・遺言書の作成 → 不可

・賃貸物件の建築、資産の組み替え → 不可

・養子縁組 → 不可

ここまでの記事で書いてきた手立ては、すべてこの前提の上にあります。暦年贈与も、渡す側が贈与の意味を理解していなければ成立しません。実際、名義預金と判断された事案の中には、ご本人が贈与を認識できる状態になかったというものがあります。

対策を7年、10年と続ける前提で計画を立てるなら、その年数のあいだ判断能力が保たれることが条件になります。80代で始めるのと、70代で始めるのとでは、実行できる幅が違います。

いつ始めるか

きっかけとして分かりやすいのは、次のような場面です。

・同じ話を繰り返すようになった

・通帳や印鑑の置き場所が分からなくなることが増えた

・要介護認定を受けた、または受けることを検討し始めた

・施設への入居を考え始めた

この段階なら、まだ間に合うことが多いです。家族信託も任意後見も、契約の意味を理解できる程度の判断能力があれば結べます。

難しいのは、切り出し方だと思います。財産の話は、親に向かって死を前提とした話をするように受け取られかねません。私がお勧めしているのは、税金や相続からではなく、施設の費用や医療費の支払いという実務から入ることです。「入院したときに、私が代わりに下ろせるようにしておきたい」。この入り口なら、たいていのご家庭で話が進みます。

そして、ご本人にとっても、判断できるうちに自分で決めておくほうが納得のいく形になります。後から誰かが決めることになるより、ずっといいはずです。

親御さんの財産のことが気になっている方へ

たかさき相続税・贈与税相談プラザでは、財産の全体像を整理したうえで、判断能力があるうちに済ませておくべきことをお伝えしています。家族信託や任意後見の設計は、連携する司法書士とともにお手伝いします。ご本人がご一緒でなくても、まずはご家族だけでご相談いただけます。

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公認会計士・税理士 長島祐太