「父の部屋のタンスから、現金が出てきたんです。これは、黙っていればわからないですよね」
面談の終わりごろ、声を落としてそう聞かれることがあります。悪意があって言っているわけではありません。通帳に載っていないお金なのだから、記録がないのだろう、と素朴に思われるのだと思います。
わかります。しかも、かなりの確率でわかります。
今日は、タンス預金と、亡くなる直前に引き出された現金について書きます。この二つは、相続税の申告漏れで最も多く見つかっている財産です。
目次
手元にある現金も、相続財産です
まず前提を確認します。亡くなった日に手元にあった現金は、相続財産です。銀行に預けてあるかどうかは関係ありません。
申告書には「現金」という項目があります。多くの方はここを空欄か、財布の中身程度で埋めます。ところが実際には、仏壇の引き出し、金庫、和室の押し入れ、亡くなった方の寝室のたんす。こういう場所から出てくる家が、かなりの割合であります。
高齢の方ほど、現金を家に置きます。銀行が信用できないというより、必要なときにすぐ使えるようにという感覚です。金額も、数十万円ではなく数百万円という単位になることがあります。
この現金には、名前が書いてありません。だから隠せると思われがちです。実際には逆で、通帳に載っていないからこそ、税務署は通帳から逆算しにきます。
なぜ税務署にわかるのか
通帳は十年分見られている
相続税の調査に来る前に、税務署は金融機関へ照会をかけています。亡くなった方の口座はもちろん、配偶者、子、孫の口座まで。遡る期間は五年から十年です。
残高だけではなく、入出金の履歴が全部出ます。いつ、いくら引き出されたか。その後、どこかの口座に入金された形跡があるか。入金がなければ、そのお金は現金のまま、どこかにあるはずだ、という推論が立ちます。
タンス預金は、たいてい通帳から出ていったお金です。空から降ってきたわけではない。だから通帳を遡れば、出口が見えます。
収入から逆算される
もうひとつの角度が、生涯収入からの推定です。
調査で職歴や退職金を聞かれるのは、この計算をするためです。どのくらい稼いで、どのくらい使ったはずか。そこから残っているべき金額の見当をつけて、申告された財産と比べる。差が大きければ、どこかにあると判断されます。
この考え方は、相続税の税務調査で何を聞かれるかにも書きました。午前中の雑談に見える質問が、そのまま逆算の材料になっています。
法定調書という仕組み
税務署には、こちらが申告しなくても情報が届く仕組みがあります。
・生命保険金が支払われれば、保険会社から支払調書が出る
・不動産を売れば、買主側から情報が出る
・百万円を超える海外送金は、金融機関から調書が出る
・証券口座の取引も、支払調書の対象になる
これらは国税の情報システムに蓄積されています。相続が起きたとき、担当者は過去の蓄積を引き出せる。つまり「亡くなってから調べ始める」のではありません。
申告漏れとして見つかった財産の内訳でも、現金・預貯金等が一番多い。令和六事務年度は申告漏れ課税価格二千九百四十二億円のうち、現金・預貯金等が八百三十七億円でした。三割近くを占めています。現金は、隠しやすいのではなく、見つかりやすい財産です。
死亡直前の引き出しは、とくに目立つ
高崎市内のお宅で、こういうことがありました。
お父様が入院され、三か月ほどで亡くなられた。ご依頼を受けて通帳を並べたところ、入院中の三か月間に、十五万円から二十万円ずつの引き出しが繰り返されていました。合計で六百五十万円ほどです。
窓口ではなく、ATMからの出金でした。引き出していたのは、同居していた息子さんです。
理由を伺うと、入院費と、施設に入っていたお母様の費用、それから葬儀の準備だと。ただ、領収書はほとんど残っていませんでした。
病院と施設に請求書の再発行をお願いして、支払った金額を突き合わせました。説明がついたのが二百六十万円ほど。残りの三百九十万円は、使途がはっきりしません。
息子さんに、家の中を探してみてくださいとお願いしました。仏壇の下の引き出しから、封筒に入った現金が出てきました。
これを手元現金として申告に含めました。含めなければどうなっていたか。三か月で六百五十万円というATM出金の履歴は、調査官が最初に目を止めるところです。そして必ず「このお金はどうされましたか」と聞かれます。
申し上げたいのは、引き出したこと自体は悪くないということです。入院中に家族がお金を下ろすのは当たり前です。問題は、下ろした後の説明ができるかどうかだけです。
使い道を説明できるようにしておく
引き出したお金の行き先は、大きく三つに分かれます。
・亡くなった方のために使った 医療費、施設費、生活費。支出として消える
・使わずに残っている 手元現金として相続財産に計上する
・家族が自分のために使った 贈与とみなされる可能性がある
三つ目が一番厄介です。親の口座から下ろしたお金で子が自分の買い物をしていれば、生前贈与と扱われることがあります。生前贈与加算の対象にもなり得ます。
対策は単純で、記録を残すことに尽きます。病院と施設の領収書は必ず取っておく。介護用品や自宅の改修も同じです。使途をメモしたノートが一冊あるだけで、説明の手間がまるで違います。
ちなみに、葬儀費用は相続財産から控除できます。香典は相続財産ではありません。この二つは混同されやすいところです。
隠したときに何が起きるか
仮に、五百万円のタンス預金を申告から外したとします。
その家の相続税の限界税率が二十パーセントだったなら、不足していた本税は百万円です。ここに加算税が乗ります。単純な計上漏れとして過少申告加算税なら十万円。ところが「あると知っていて外した」と判断されて重加算税になると、三十五万円です。差は二十五万円。さらに延滞税が、当初の納期限まで遡って計算されます。
金額の差以上に重いのは、重加算税が課された記録が残ることです。
そして、外した本人が忘れていた、というケースはほとんどありません。仏壇の引き出しから現金が出てきたことは、家族全員が覚えています。調査で聞かれたときに、誰か一人が正直に答えれば、それで終わります。相続人が複数いる場合、口裏を合わせ続けるのは現実的ではありません。
相続放棄を考えているなら、手を付けてはいけない
相続税とは別の話ですが、重要なので書いておきます。
借金があるかもしれないので相続放棄を検討している、という段階の方は、亡くなった方の預金に手を付けないでください。引き出して使ってしまうと、相続する意思があったとみなされ、放棄ができなくなることがあります。法定単純承認といいます。
葬儀費用に充てる程度なら認められるという考え方もありますが、境界は明確ではありません。放棄の可能性が少しでもあるなら、動かす前に相談してください。相続が起きてから最初の三か月でやることに、放棄の期限と判断の順番を書いてあります。
出してしまえば、それで終わる
冒頭の質問に戻ります。タンスから出てきた現金を、黙っていればわからないか。
わかる可能性が高い、というのが答えです。そして見つかったときの上乗せは、素直に申告した場合の税額を大きく超えます。
私は、こういうご相談をされた方を責めたことはありません。むしろ、聞いてくださってよかったと思っています。黙って申告書に押印してしまう方より、ずっといい。
財産の総額がどのくらいになるかがまだ見えていない方は、遺産総額の概算の出し方から始めてください。手元現金も、その中に入れて数えます。
現金は、出せば普通の財産です。出さないと、別のものになります。
















