「母は5年前から特別養護老人ホームにいます。実家はもう誰も住んでいません。この家、相続税の特例は使えないですよね」
高崎市内にお住まいの方から、こう聞かれました。ほとんどの方が同じことをおっしゃいます。誰も住んでいない家に、住んでいた人への特例が使えるはずがない。そう思うのが自然です。
答えは逆です。使えます。
条件を満たせば、親が老人ホームに入っていても、自宅の土地は8割引きで評価できます。平成26年の改正で、この取扱いは条文にはっきり書かれました。それ以前は税務署と争いになる論点でしたが、今は違います。
ただし条件があります。そして、その条件を知らないまま空き家を貸してしまい、特例を失う方が毎年いらっしゃいます。失ってから相談に来られても、私にできることはありません。この記事は、そうなる前に読んでいただくために書きます。
目次
老人ホームに入っても「住んでいた家」として扱われる
自宅の土地の評価を8割下げる制度を、小規模宅地等の特例といいます。正確には特定居住用宅地等の特例で、330平方メートルまでの部分について、相続税評価額を80%減らせます。小規模宅地等の特例の全体像はこちらの記事にまとめています。
この特例の原則は「亡くなる直前に、その人が住んでいた土地」であることです。だから老人ホームに移った時点で、原則からは外れます。
その原則に例外を置いたのが、今回の話です。老人ホームに入居していた場合でも、一定の要件を満たせば、入居直前まで住んでいた家を「住んでいた家」とみなす。そういう規定が置かれています。
介護が必要になって施設に移ることは、本人の意思とは別の事情です。それで自宅の評価が4倍に跳ね上がるのはおかしい。制度の趣旨はそこにあります。
満たすべき3つの条件
条件は3つです。どれか1つでも欠ければ使えません。
① 要介護認定または要支援認定を受けていたこと
ここが最初の関門です。認定を受けていない状態で施設に移った場合、特例は使えません。
大事なのは判定の時期です。認定の有無を見るのは「相続開始の直前」であって、入居した時点ではありません。
・入居したときは自立していて認定なし、その後に要介護3の認定 → 使える
・入居時に要介護2の認定あり、亡くなるまで継続 → 使える
・最後まで認定を受けないまま亡くなった → 使えない
申請中に亡くなった場合も救われます。認定は申請日にさかのぼって効力が生じるので、相続開始後に認定が下りても、申請が生前であれば要件を満たします。ここは実務でよく効きます。
要支援でも構いません。要介護1でも構いません。認定の重さは問われません。あるかないか、それだけです。
② 入居先が、法律で決められた施設であること
どこに入っても良いわけではありません。対象となる施設は限定されています。
・特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、軽費老人ホーム
・有料老人ホーム
・サービス付き高齢者向け住宅(登録されたもの)
・介護老人保健施設、介護医療院
・認知症対応型グループホーム
・障害者支援施設、共同生活援助を行う住居
落とし穴は有料老人ホームです。都道府県への届出がされていない、いわゆる無届施設は対象外になります。入居先が届出済みかどうかは、群馬県のホームページで公表されている一覧で確認できます。契約前に見ておくべきものです。
それから、子どもの家に身を寄せた場合。これは施設ではないので対象外です。同居に切り替えた場合は別の要件で考えることになります。
③ 空き家になった自宅を、貸したり他人を住まわせたりしていないこと
3つ目が一番こわい条件です。入居した後、その家を事業に使ったり、被相続人以外の人が新しく住み始めたりすると、そこで特例は消えます。
・空き家のまま、時々子どもが換気と掃除に行く → 使える
・家財をそのまま置いてある → 使える
・入居前から同居していた、生計を一にする子が住み続けている → 使える
・第三者に貸した → 使えない
・空き家を事務所や倉庫として使った → 使えない
・別居していた子が、入居後に引っ越してきて住み始めた → 使えない
最後の行を読み違える方が多いです。家族なら大丈夫だろうと考えてしまう。ところが生計が別の親族が新しく住み始めると、その時点で条件から外れます。空き家を空き家のままにしておくのが、税務上は一番安全なのです。
使えるかどうかで、税額はここまで変わる
数字で見ます。父はすでに他界、母が老人ホームで亡くなり、相続人は子2人。このケースを想定します。
・自宅の土地 200平方メートル、相続税評価額 4,000万円
・建物 300万円
・預貯金 2,600万円
・合計 6,900万円
基礎控除は3,000万円+600万円×2人で4,200万円です。
まず特例が使えない場合。課税対象は6,900万円-4,200万円=2,700万円。これを法定相続分で分けると1人あたり1,350万円。税率15%、控除額50万円で、1人あたり152万5,000円。2人分で305万円が相続税額になります。
次に特例が使えた場合。土地は200平方メートルで330平方メートルの枠内に収まるので、全体が8割減の対象です。4,000万円×80%=3,200万円が減額され、土地の評価は800万円になります。
遺産の合計は6,900万円-3,200万円=3,700万円。基礎控除の4,200万円を下回ります。相続税はゼロです。
305万円か、ゼロか。分かれ目は、母が要介護認定を受けていたかどうか、空き家を貸していなかったかどうか。その2点だけです。
実際にあった2つの相談
貸し出す寸前で止まった話
母親が特別養護老人ホームに入って3年目という方の相談でした。実家は空き家。固定資産税だけが毎年出ていく。長男の方が「誰も住まないなら人に貸したい」と考え、不動産会社に相談する直前に、たまたま別件で当事務所にお越しになりました。
試算すると、貸した場合と貸さない場合で数百万円の差が出ました。貸せば特定居住用の特例は使えません。代わりに貸付事業用宅地等として200平方メートルまで50%減という道は残りますが、減額の幅も限度面積も小さくなります。
その方は貸すのをやめました。年間十数万円の家賃と、数百万円の税額。天秤にかけるまでもありませんでした。
空き家を持て余すのはつらいことです。それでも、相続が近いなら計算してから動いたほうがいい。私はそう申し上げています。
認定を受けていなかった話
こちらは間に合わなかったケースです。
お父様が、まだ元気なうちにサービス付き高齢者向け住宅へ移られていました。一人暮らしが不安になった、というのが理由です。介護が必要な状態ではなかったので、要介護認定の申請はしていませんでした。
2年後に亡くなり、相続の相談に来られた時点で、要介護認定なし。施設の要件も空き家の要件も満たしていたのに、1つ目の条件だけが欠けていました。
自宅の土地は満額で評価するしかありませんでした。生前にご相談いただいていれば、申請をお勧めできたケースです。
認定の申請は、必要が生じたときにするものです。税金のためだけに申請するものではありません。ただ、施設に移るタイミングで一度は検討しておく。その程度の意識があるだけで、結果は変わります。
誰が相続するかで結論が変わる
ここまでの3つの条件は、亡くなった方の側の話です。特例を使うには、もう一段、土地を取得する人の側の条件も満たさなければなりません。
・配偶者が取得する場合 → 追加の条件なし
・同居していた親族が取得する場合 → 申告期限まで住み続け、かつ持ち続けること
・別居の親族が取得する場合 → 家なき子の条件を満たすこと
老人ホームのケースで迷うのが2つ目です。入居後は誰も同居していないわけですから、同居親族などいないように見えます。この場合、入居する前に同居していて、入居後もその家に住み続けている親族がいれば、同居親族として扱われます。
別居していた子が相続する場合は、家なき子特例の条件を1つずつ確認することになります。持ち家がないこと、3年間さかのぼって判定すること。条件は細かいです。
なお、自宅が二世帯住宅で、親が老人ホームに入ったという場合は、登記の形によって結論が変わります。区分登記になっていると、そもそも土台から崩れます。該当する方は先にそちらを確認してください。
税額がゼロでも、申告書は出さなければならない
最後に、これだけは押さえてください。
小規模宅地等の特例は、相続税の申告書を出して初めて認められます。特例を使った結果、税額がゼロになった場合でも、申告は必要です。
先ほどの計算例でいえば、特例を使えば税額はゼロでした。しかし申告書を出さなければ特例は適用されず、305万円の納税義務が残ります。「ゼロなら出さなくていい」と思い込んで期限を過ぎてしまう。この失敗は、実際に起きます。
期限は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月です。遺産分割が終わっていることも条件になります。分割でもめると、それだけで特例が使えなくなります。
親御さんが施設に入っている。実家は空き家になっている。この状態にある方は、相続が起きてからではなく、今の時点で一度確認しておくことをお勧めします。認定の申請も、空き家をどうするかの判断も、生前でなければ動かせません。
相続税がかかるかどうか、まず概算を知りたい方へ
たかさき相続税・贈与税相談プラザでは、ご自宅の評価と特例の適用可否を含めた試算を承っています。老人ホームに入居中のご家族がいらっしゃる場合は、生前の段階でのご相談を特にお勧めしています。
たかさき相続税・贈与税相談プラザ
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公認会計士・税理士 長島祐太
















